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串原村第30代村長 昭和の「名君」堀正夫さん
 
大正
11915日生まれ
昭和34年に串原村職員に
昭和41年収入役
昭和46年助役
昭和52年第30代串原村村長に就任
その後517年村長を務める。 
5期目途中健康上の理由で退職
恵那市議 堀光明氏の父上。

村長時代は抱負な経験、優れた指導力、卓越した職見で
数々の事業を進め、地域の発展に貢献した。
その手腕はもちろんだが、正夫さんのもっともすぐれて
いるのはその人格にある。

おおらかな性格でありながら気配り心配りには本当にす
ばらしいものがあった。
村長時代は村民すべての顔を覚えているばかりか村外に
住む村民たちの子供や孫の顔や居場所もすべて把握して
いたそうである
(逸話)「孫の○○くんは元気にしとるか?」
いつもだれにでも
気軽に声をかけている姿は有名であった

また情報力、気使いにもたけ、
会議や宴会があると必ず正夫
村長が出没すると言われ、その場を盛り上げてさっと去ってゆく
姿はまさにウルトラマンのようであったそうだ(逸話)                           
 

  昭和50年代後半60年代は、串原村の黄金時代であった。
 もちろんその立役者が堀正夫氏であるが、「どの事業も尽力をつくした影武者がいる私
 のような者よりそういう人たちが賞賛されるべきだ」と正夫さんは語る。
 87歳にしても尚且つ 決して驕ることなく努力した人たちに感謝の念を忘れない姿は、
 まさに名君中の名君である。
 村長退職後も秀でた洞察力は健在で何かと相談に訪れる指導者たちも少なくなかった。
 (川ヶ渡詣出と呼ばれた。)(自宅が串原川ヶ渡地区)

   就任後の主な出来事

昭和53年 柿畑林道 農林水産大臣賞受賞
昭和56年 奥矢作体育館完成
昭和57年 第1回串原村産業祭開催
昭和58年 「ひよもの枝垂れザクラ」県指定天然記念物に指定
昭和58年 「中山太鼓」県指定無形民族文化材に指定
昭和59年 第1回矢作ダム周遊ジョギング大会開催
昭和59年 串原中学3年生が中山太鼓で国立劇場出演
昭和59年 串原村健康管理センター完成
昭和59年 恵南消防操法大会で第1分団が優勝
昭和60年 串原村消防団 消防庁長官表彰竿頭綬受賞
昭和60年 特産物加工所、展示販売所(くしはらの里)オープン
昭和61年 恵南消防操法大会で第1分団が優勝
昭和61年 串原中学校中国研修始まる。
昭和62年 恵南消防操法大会で第3分団が優勝
昭和62年 「くしはら風の恋歌」完成 12万枚を売り上げる。
昭和63年 農畜産物処理加工施設(ゴーバル)完成
昭和63年 恵南消防操法大会で第2分団が優勝
昭和63年 中山神社社叢 県指定天然記念物に指定
昭和63年 中山太鼓少年部、太鼓保存会 知事表彰
平成2年  ベルグラビアカントリークラブオープン    
平成2年  串原小中学校 郵政大臣表彰受賞
平成3年  土地300坪争奪全国歌合戦開催
平成4年  日本イベント大賞パブリシティ賞受賞
平成5年  温泉採掘調査開始

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