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大正11年9月15日生まれ
昭和34年に串原村職員に
昭和41年収入役
昭和46年助役
昭和52年第30代串原村村長に就任
その後5期17年村長を務める。
5期目途中健康上の理由で退職
恵那市議 堀光明氏の父上。
村長時代は抱負な経験、優れた指導力、卓越した職見で
数々の事業を進め、地域の発展に貢献した。
その手腕はもちろんだが、正夫さんのもっともすぐれて
いるのはその人格にある。
おおらかな性格でありながら気配り心配りには本当にす
ばらしいものがあった。
村長時代は村民すべての顔を覚えているばかりか村外に
住む村民たちの子供や孫の顔や居場所もすべて把握して
いたそうである(逸話)「孫の○○くんは元気にしとるか?」
いつもだれにでも気軽に声をかけている姿は有名であった
また情報力、気使いにもたけ、会議や宴会があると必ず正夫
村長が出没すると言われ、その場を盛り上げてさっと去ってゆく
姿はまさにウルトラマンのようであったそうだ(逸話) |