今回の串原偉人伝は、三宅大輔君です。 偉人にはまだまだほど遠いが、彼の持つバイタリティーとパワフルな行動力は過疎に悩む串原と将来に迷った恵那の青年たちに勇気と力を与える事でしょう。
昭和52年11月27日恵那市串原木根に生まれる 祖父、父と代々左官業を営む。
特に祖父三宅三さんは「岐阜の名匠」のひとり(現在79名) 串原小、串原中を卒業
高校、大学を卒業後、

平成14年にはサーフィンを通じて世界を見たいとスリランカ、タイ、オーストラリアで
武者修行を積む。
スリランカ、タイでは、まずしい人たちがけなげに生きる姿をまのあたりにし、日本の豊かさを
ひしひしと感じることとなる。
オーストラリアでは、寿司屋でバイトをしながらサーフィンの練習をする日々を過ごす日本人を
はじめ各国から来る観光客を相手にし、いろいろな世界感を学ぶ。
日本に帰ってからは日本の良さは恵まれた自然、特に山にある事にきずく
その年 恵南森林組合に入社、平成19年には独立し串原林業を立ち上げる。

林業は日本において欠かせない仕事である。
本来、山は「かなぎ」(広葉樹)が生えるべき所と針葉樹が生えるべき所が
ある、その「かなぎ」やそこに育つ植物を山の動物たちが食べる、これが
本来の山の姿である。
しかし今では人間たちが杉やひのきをいっせいに植え動物たちの食べ物を
奪いやがて食べ物のない動物たちが人里に降りてきて農作物を奪うように
なっている。
「山を少しでも本来の自然の姿に戻すのも自分の仕事」と彼は語る。
「山の仕事と農業(まだ米しか作っていないが)で何とか食べていければ。」と謙虚に語る大輔くんだが
自分の行動に信念を持ち、山を愛するこの男を恵那の山々が必要としていることは確かだ。 |